永劫回帰に横たわる虚無_三島由紀夫生誕100年=昭和100年
三島由紀夫生誕100年=昭和100年
日本の表徴と三島由紀夫が残したもの、
そして受け継がれたこと
フランスの哲学者ロラン・バルト(1915〜1980)は、「表徴」が溢れている中心のない空虚な日本に注目し、それを「意味の帝国」に対し「表徴の帝国」と表現した。天皇、都市、女形、すき焼き、礼儀作法、パチンコ、学生運動も表徴であって、意味から解放された日本文化の自由度を描写した。そして、「意味の帝国」に対し「表徴の帝国」は、西欧的な「意味」への脅迫的な執着からの解放という捉え方を提示した。日本文化は、記号群(シニフィアン)の連鎖が意味(シニフィエ)によって停止されることなく連鎖し展開していく。 この「日本」の捉え方を別の角度によって反転すると「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残る」*1という自決する数ヶ月前の遺した三島由紀夫(1925-1970)の言葉が今の日本に反響する。ロラン・バルトと三島由紀夫の双方が捉えた日本の「空虚」を前提にして、“死とひきかえ”となった三島の遺作小説「豊饒の海」をテーマに次世代の国内外の作家によって戦後美術家たちを逆照射(反復進行*2)し、意味から解き放たれた中心のない空虚な戦後美術史のある風景を三島由紀夫の世界観と重ね合わせて浮かび上がらせていく。 「この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている」(「豊饒の海-天人五衰」)。遺作となった小説4部作「豊饒の海」の築き上げられた物語の大伽藍が最終章の「天人五衰」(第4巻)の聡子の言葉によって一瞬にして瓦解する。「あの作品では絶対的一回的人生というものを、一人一人の主人公はおくっていくんですよね。それが最終的には唯識論哲学の大きな相対主義の中に溶かしこまれてしまって、いずれもニルヴァーナ(涅槃)の中に入るという小説なんです」(対談・「三島由紀夫最後の言葉」)と三島は語っている。 1970年11月25日に防衛庁東部方面総監室で自決した三島の遺作となった小説「豊饒の海」は、三島にとって一世一代の「反小説」的実験であった。国内外の現代美術家によって三島由紀夫のこの壮大な小説のテーマ「阿頼耶識=相関主義*3)」の一端を浮かび上がらせることが、本展覧会の趣旨である。
※本展は三島由紀夫展主催者が三島由紀夫氏またその作品をテーマとする表現を目的として開催する。
註)
*1 1970年(昭和45年)7月7日付の産経新聞夕刊に掲載された三島由紀夫のエッセイ。
*2 反復進行 (独: Sequenz)とは、音楽用語の一つ。ある楽句を音高を変えながら反復させることをいう。ドイツ語「ゼクヴェンツ」(Sequenz)に由来して「ゼクエンツ」とも呼ばれる。
*3 カンタン・メイヤスーの「相関主義」に由来。メイヤスーによれば、カント以降の哲学は彼の言う「相関主義」に囚われている。 相関主義とは、思考が実在そのもの、存在そのものに迫ることは不可能であって、我々にできるのは思考と存在との相関関係を問うことだけだという考え方である。
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中西夏之「カルテット 着陸と着水」
|Photo : 後藤充 -
池田謙「矛盾の美学ーーAesthetic of Paradox」
右上:森万里子「Unity IV scroll」
右下:森万里子「Unity V scroll」
- 中西夏之(Natsuyuki Nakanishi)
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1935年東京に生まれる。1958年東京藝術大学を卒業。1963年高松次郎、赤瀬川原平とハイレッド・センターを創設、 従来の美術制作の枠を越えた反芸術運動で注目を集める。1965年には舞踏家である大野一雄、土方巽らと交流。 以降は土方率いる暗黒舞踏の公演の舞台美術や舞台装置、オペラの舞台装置を手がけるなど、多様な芸術活動を展開 。インスタレーションやオブジェなど様々な表現方法を模索したが、ことに紫や白、黄緑を基調とする抽象的な連作で、 絵画表現の根源を問い続けた。1996年東京藝術大学名誉教授に就任。晩年まで精力的に新作を発表し続け、国内外で展覧会が多数開催 。主な個展に、1995年『白く、強い、目前、へ』(東京都現代美術館、東京)、2012年『韻 洗濯バサミは攪拌行動を主張する 擦れ違い/遠のく紫 近づく白斑』(川村記念美術館、佐倉)ほか。ニューヨーク近代美術館、東京国立近代美術館、国立国際美術館をはじめ、 国内外の公立コレクションに作品が多数所蔵。2016年没。
- ジェフ・ウォール(Jeff Wall)
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ジェフ・ウォールの作品は、写真のエッセンスを絵画、映画、文学など他の芸術の要素と融合させたもので、彼が "シネマトグラフィ "と呼ぶ複雑な様式を持つ。彼の写真は、古典的なルポルタージュから精巧な構築物やモンタージュまで多岐にわたり、通常は伝統的に絵画と同義とされる大規模なスケールで制作される。1946年、カナダのバンクーバー生まれ。コンセプチュアル・アートの全盛期である1960年代に写真に関わるようになり、1970年代半ばには、コンセプチュアリズムの実験精神を絵画写真の新しいバージョンへと発展させた。彼の写真は、当時は写真芸術というよりむしろ宣伝のためのメディアとして認識されていた、逆光のカラー・トランスペアレンシーとして制作された。これらの作品は、ギャラリーや美術館で展示されたときに驚くべき効果をもたらし、写真の美学の重要な側面としての色の確立に一役買った。1970 ブリティッシュ・コロンビア大学-美術史マスター。1970-73 ロンドン大学コートールド美術研究所(Courtauld Institute of Art)1974-75 ノバスコシア美術デザイン大学助教授。1976-87年サイモンフレーザー大学准教授他、多くの教育機関で教鞭をとる。
- 杉本博司(Hiroshi Sugimoto)
現代美術作家
1948 年東京生まれ。1970年に渡米、1974年よりニューヨーク在住。活動分野は写真、建築、造園、彫刻、執筆、古美術蒐集、舞台芸術、書、作陶、料理と多岐にわたり、世界のアートシーンにおいて地位を確立してきた。杉本のアートは歴史と存在の一過性をテーマとし、そこには経験主義と形而上学の知見をもって西洋と東洋との狭間に観念の橋渡しをしようとする意図があり、時間の性質、人間の知覚、意識の起源、といったテーマを探求している。作品は、メトロポリタン美術館(NY)やポンピドゥセンター(パリ)など世界有数の美術館に収蔵。代表作に『海景』、『劇場』、『建築』シリーズなど。 2008 年に建築設計事務所「新素材研究所」を設立、MOA美術館改装(2017)、清春芸術村ゲストハウス「和心」(2019)などを手掛ける。2009年に公益財団法人小田原文化財団を設立。2017年10月には構想から 20 年の歳月をかけ建設された文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」をオープン。伝統芸能に対する造詣も深く、演出を手掛けた『杉本文楽 曾根崎心中』公演は海外でも高い評価を受ける。2019年秋には演出を手掛けた『At the Hawk’s Well(鷹の井戸)』をパリ・オペラ座にて上演。主な著書に『苔のむすまで』、『現な像』、『アートの起源』、『空間感』、『趣味と芸術-謎の割烹味占郷』、『江之浦奇譚』、最新刊に『杉本博司自伝 影老日記』。1988 年毎日芸術賞、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞。2010年秋の紫綬褒章受章。2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ受勲。2017年文化功労者。2023年日本芸術院会員に選出。|Photo : Masatomo Moriyama- アニッシュ・カプーア(Anish Kapoor)
アニッシュ・カプーアは1954年インド、ムンバイ生まれ。1970年代に渡英し美術を学び、現在はロンドン、ベネチアを拠点に活動。 1990年ヴェニス・ビエンナーレ英国館での個展、同年のターナー賞受賞、1992年ドクメンタ出展等を始め、その後主要な国際展への参加や欧米の美術館での個展を開催。 また2004年シカゴのミレニアムパーク、2012年ロンドンオリンピックの記念モニュメント制作をはじめ、2015年ヴェルサイユ宮殿や2019年北京・紫禁城での個展、2022年ヴェネチア・アカデミア美術館とパフラッツォ・マンフリンの2会場で同時開催した回顧展などが話題となった。 日本でも金沢21世紀美術館に恒久設置されたインスタレーション作品など、数々の美術館所蔵作品やコミッションワークがある。2011年高松宮殿下記念世界文化賞を受賞、2018年別府市のアートイベント「in Beppu」での屋外大作展示など、全国でその活動はよく知られている。 神話や哲学に根ざした独特の世界観を持ち、展示空間そのものを異空間へと変換してしまう彼の作品は、その現実と非現実の両面性によって宇宙的な観念や神秘性、官能性を観る者に強く感じさせる。 視覚的な喜びや作品体験を純粋に楽しめる親しみ易さを併せ持つその表現は、現代美術の主流である欧米的な価値観の域を超えた東洋的な思想に基づく独自性によって多くの人々を魅了している。- 池田謙(Ken Ikeda)
即興電子音楽家、 作曲家
FMサイン波に独特な加工を施しながら電子音の粒子そのものを即興的に摘出し、「内的原風景」の揺らぎ、 減 衰、 失跡を追体験させると同時に、 近代音楽の底に沈む儀礼的な霊性、 身体性、 野蛮さの再発掘を試みる。 また、 視覚的な角度から音楽を再認識する試みとして、 創作楽器やグラフィックスコアの展示も続けている。 今までに7枚のソロアルバムをTouch(英)、 Room40(豪)、 Spekk(日)等のレーベルからリリース、 そして、 David Toop, Carl Stone, Eddie Prevost, John Russell ,Roger Turner,等とのコラボレーションアルバ ム、 さらに、 杉本博司、 横尾忠則、 森万里子、 田中泯、 コムアイ、 David Lynch 等、 現代美術やモダンダン スのサウンドトラックも数多く手がけている。- 森万里子(Mariko Mori)
森万里子は、存在の根源的な問いを探求し、人類と宇宙との関係を考察する作品で知られる、国際的に高く評価されている多分野にわたるアーティストです。彼女の大規模なパブリックアートは、先端技術と古代の象徴を融合させ、精神的なつながりと生態系への意識を呼び起こします。精神性の探究と未来的な美学を結びつけることで、自然、人類、そしてテクノロジーが調和する関係性を描き出しています。2003年に発表された没入型インスタレーション《Wave UFO》により国際的な注目を集め、クンストハウス・ブレゲンツ、第51回ヴェネチア・ビエンナーレをはじめとする世界各地の主要美術館で展示されました。2007年から2011年にかけて開催された個展《Oneness》は、ヨーロッパ、南米、アジアを巡回し、2011年にはリオデジャネイロのブラジル銀行文化センターにおいて、累計538,328人の来場者を記録し、同年世界で最も多くの来場者を集めた現代美術展となりました。森はこれまで、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ(ロンドン、2012年)、ジャパン・ソサエティ(ニューヨーク、2013年)、東京都現代美術館(2002年)、ポンピドゥー・センター(パリ、2000年)、ブルックリン美術館(ニューヨーク、1999年)、シカゴ現代美術館(1998年)など、世界の名だたる美術館で個展を開催しています。また、ニューヨーク近代美術館(MoMA)およびソロモン・R・グッゲンハイム美術館など、主要美術館のパーマネントコレクションにも作品が収蔵されています。2025年には、大阪・関西万博にてパブリックスカルプチャー《Cycloid III》が公開され、ウィメンズ・パビリオンには《Peace Crystal》が展示されています。森万里子は、ニューヨークのショーン・ケリー・ギャラリーおよび東京のSCAI THE BATHHOUSEに所属しています。- 平野啓一郎(Keiichiro Hirano)
1975年愛知県蒲郡市生。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在した。また、各ジャンルのアーティストとのコラボレーションも積極的に行っている。著書に、小説『葬送』、『決壊』、『ドーン』、『空白を満たしなさい』、『透明な迷宮』、『マチネの終わりに』、『ある男』、『本心』等、エッセイに『私とは何か 「個人」から「分人」へ』、『「カッコいい」とは何か』、『死刑について』等がある。 累計60万部超のロングセラー作品『マチネの終わりに』の映画化(2019年)、『空白を満たしなさい』の連続ドラマ化(2022年)、『ある男』の映画化(2022年)、『本心』の映画化(2024年)と映像化が続く。作品は国外でも高く評価され、長編英訳一作目となった『ある男』英訳『A MAN』に続き、『マチネの終わりに』英訳『At the End of the Matinee』も2021年4月刊行。2023年、構想20年の『三島由紀夫論』を遂に刊行し、小林秀夫賞を受賞した。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品を精読し、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じた。三島の思想と行動の謎を解く、令和の決定版三島論。2024年10月、最新短篇集『富士山』を刊行。|Photo : ©Tamaki Yoshida- 友沢こたお(Kotao Tomozawa)
スライムのような物質と有機的なモチーフが絡み合う独特の人物画を描く。1999年、フランス・ボルドー生まれ。2022年、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。2024年、東京藝術大学大学院修士課程修了。 【近年の展覧会歴】個展:2025 「叫び」_爆ぜる身体 スクールデレック芸術社会学研究所・東京 / 2024 「Fragment」Tokyo8分・東京、「Réflexion」 N&A Art SITE・東京 / 2023 「SLIME」The Landmark・香港 / 2022 「INSPIRER」Tokyo International Gallery、「SPIRALE」PARCO MUSEUM TOKYO / 「Monochrome」FOAM CONTEMPORARY・東京 / 2021 「caché」tagboat・東京 / 2020 「Pomme d’amour」mograg gallery・東京 / グループ展:2025 「ART CIRCLES」レクサス大阪福島・大阪 / 2024「未来都市シブヤ エフェメラを誘発する装置」GYRE GALLERY・東京、「faces」 GALLERY CURU・バンコク・タイ / 2023 「MOT ANNUAL 2023 シナジー、創造と生成のあいだ」東京都現代美術館、「CONCERTO」Lurf Museum・東京 / 2021 「Everything but…」Tokyo International Gallery 【受賞歴】2019年 久米賞 / 2021年上野芸友賞永劫回帰に横たわる虚無
三島由紀夫生誕100年=昭和100年- 主催
- ジャイル / スクールデレック芸術社会学研究所
- 会期
- 2025年7月15日(火)- 9月25日(木)
*8月18日(月)休館
- 会場
- GYRE GALLERY | 東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F
- 企画
- 飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所 所長)
- PRディレクション
- HiRAO INC
- 協力
- 公益財団法人日仏会館
- 展覧会出展作家
- 中西夏之 / ジェフ・ウォール / 杉本博司 / 池田謙
アニッシュ・カプーア / 森万里子 / 平野啓一郎 / 友沢こたお
- PRESS CONTACT
- HIRAO INC, Tel:03-5771-8808 e-mail:mifune@hirao-inc.com
- お問い合わせ
- 0570-05-6990 ナビダイヤル(11:00-18:00)